ドラマやCMで活躍中の小芝風花さんの父親は中国の上海に住んでいるそうです。
一体どんな生活をしているのか気になって調べてみました。
そこで今回は、
- 小芝風花の父親は上海の実業家だった!
- 小芝風花はお金持ちのお嬢様だった!
このことについて記事にしてみました!
早速、本題に入って行きましょう!
小芝風花の父親は上海の実業家だった!

小芝風花さんは大阪府出身の1997年生まれ、現在26歳です。(2024年現在)
2012年ドラマ『息もできない夏』(フジテレビ)でデビューし、2014年映画『魔女の宅急便』で初主演しています。
そんな小芝さんですが父親は上海で日本料理店を経営しているそうです。
お店の名前は『神拉面』でラーメンやお好み焼きなどがあり純和食よりカジュアルな日本で食べられているメニューを扱っているようで、風花さんのお姉さんも働いているかと思われるX(旧ツイッター)の投稿がありました。
大学が近くにあるため日本からの留学生が多く来るところで、最近では小芝風花さんの父のお店としての知名度が上がっているのか観光客も訪れるそうです。
このお店のホームページにはお父さんのブログが載っていて、それによると新たに二号店をオープンするような記載があり店名が「小芝」のようです。

店名が「小芝」から考えてお父さんのお店と思われますので、現在の『神拉面』の経営が順調で新たに事業を拡大し、上海で実業家として成功しているようです。
店内には小芝風花さんの写真がいたる所に飾られているようで離れていても娘さんのことを常に思っている様子が伺えますね。

そしてお父さんは『週刊文春』の取材で風花さんの作品は中国の海賊版を観ていると答えているそうです。
海賊版とは著作権を無視して一般の人が無断で製造から流通しているコンテンツのことです。
中国では日本のドラマやバラエティ番組がすぐ海賊版として売られ、お父さんは風花さんの作品を観られるものはすべて観ているそうです。
できるだけ早く娘さんの作品を観たいと心待ちにしている証なのかもしれませんね。
そんな仲良しの親子のようですが風花さんが子供の頃に両親は離婚しており、父親が上海に渡ったのは風花さんが芸能活動するため上京した後のことだそうです。
お店のホームページのお父さんのブログによると上海に来て10年ほど経っているようです。
なぜ離婚したのか、なぜ上海で飲食店を経営することになったのか調べていたところ詳細はわかりませんでした。
そしてブログの中に、お父さんが数日間休暇を利用して日本に帰ってきたと言っています。

これによると家族や友人と会っていたと明かしていることから、家族はバラバラで暮らしていても仲が良く、もしかしたら風花さんとも会っていたのかもしれませんね。
小芝風花はお金持ちのお嬢様だった!

小芝風花さんは芸能界に入る前はフィギュアスケートをしており、趣味の領域ではなくオリンピックを目指すほど本格的に練習をしていたそうです。

もともと体操に熱心だった風花さんでしたが、体操の友人の母親から風花さんはフィギュアスケートに向いているかもと言われたそうです。
これを聞いた風花さんの母親は風花さんをスケートリンクに遊びに連れて行ったそうです。
子どもの体操の練習を見学していたお母さん方から「風花ちゃんはフィギュアスケートに向いてそうだよね」と私の母が言われたらしくて。それで、家族でスケートを滑りに行ってみたらすごく楽しくて、
引用元:sporttive
お母さんが「やってみたら!」と強く押し付けず、さりげなくスケートに誘うところがいいですね。
これがきっかけで体操からフィギュアスケートの道に進んだそうです。
「体操よりもスケートを習いたい!」と母にお願いしたのがきっかけでした
引用元:sporttive
フィギュアスケートを習うには高額なレッスン代がかかると言われていますので、風花さんの実家は相当なお金持ちだったと思われます。
風花さんはオリンピックを目指すほど熱心に通っていたので当然インストラクターの個人レッスンを受けていたと思われます。
情報サイト『フィナンシャルフィールド』によると、相場は個人レッスンは30分で5,000円程度で、1レッスン1時間を週に2回受けると週に2万円かかるそうです。
振付費用や合宿をするとなると年間100~200万円以上かかることもあるそうです。
振付費用や合宿・遠征の費用などもかかるようになり、年間100~200万円以上の費用が必要になるケースもあります
引用元:フィナンシャルフィールド
小学校3年生から中学校2年生の約5年間習っていたので予算は相当高額になったのではないでしょうか。
風花さんには姉と妹の三人姉妹で、風花さんだけにお金をかけていたわけではないと思いますので一般的な家庭より裕福な家庭だった可能性が高いですね。
しかし、衣装はお母さんが手作りしていたとも言われていますので節約はしていたようです。
衣装も注文すると何十万とかかっちゃうので、新しい曲をもらうと、母がその曲でイメージしてデザインを考えて、生地を買いに行ってつくってくれたり、いろいろサポートしてくれました。
引用元:AERA
週刊文春によるとお父さんは「ずっと商売をやってきた」「風花さんが上京してから上海に渡った」と語っていることから日本にいる頃から飲食店を経営していたのかもしれません。
中国に渡っても事業を成功しているお父さんですので日本でも実業家としてやり手の社長さんだったのではないでしょうか。。
そんな家庭で育った風花さんはスケートに励んでいる中、両膝を2回も手術してしまいますがそれでも辞めなかったようです。
そして芸能活動のため上京してからもスケートは続けていましたが、さすがに両立は難しくスケートは辞めてしまったそうです。

芸能活動を優先した理由はオーデションが進むなか、徐々にこの世界でやっていきたいと気持ちが固まってきたと語っています。
一気に決断したというより、オーディションで審査が進むうち「たくさんの人のなかから、選んでいただいている」という気持ちが芽生えていました。
引用元:CHANTO
小学生の頃からフィギュアスケートに励んでいた風花さんですので女優としての活動も努力していると思われますね!
まとめ
いかがでしたでしょうか?
小芝風花さんの父親は上海で飲食店を経営する実業家でした。
風花さんが子供の頃から努力家なのは父親の遺伝かもしれませんね。
これからも風花さんの活躍に期待できそうですね!
ここまでお読みいただきありがとうございました
それでは!